#89 関本海渡、ポルトガル・ナザレへ  第四章「消えぬ情熱の炎」

Posted on : February.20.2026

2023年、関本海渡プロが伝説的なビッグウェーブスポット、ポルトガルのナザレへ旅しました。そのときの様子や、次回の再チャレンジまでの取り組みをこれまで3回にわたり連載してきましたが、今回は最終回となります。


この冬の決断

2025年12月13日、ポルトガル・ナザレでTUDOR Nazare Big Wave Challengeが行われた。波のサイズは実に45〜60ft。まさにマックスサイズに近いモンスターウェーブだった。歴史的な1日となり、現地で観戦していた人もネットで観戦していた人もこれ以上ない興奮に包まれた。

そのとき関本海渡は…日本にいた。この歴史的セッションを現場で見ることはなかった。

そして2026年を迎え、2月に入ったとき、海渡は一つの決断を下した。
「この冬はポルトガル・ナザレに挑戦しない」

それは海渡にとって当然の決定だった。

噛み合わなかった歯車

サーフィンとは自然相手のスポーツであり、アクティビティである。自分が波に乗りたいと思っていても、正しいタイミングで正しい場所にいなければ、波にありつくことはできない。波は自分の都合に合わせてくれない。極端な話、波を中心とした生活をしない限り、偶然以外で自分の思い通りの波に乗ることができないスポーツだと言えるだろう。

「これまでナザレで再びサーフィンできるように準備してきた。千葉のリーフでもサイズのある波に乗って、感覚を忘れないようにした。でも、この冬はナザレにチャレンジするタイミングじゃなかったと思う。特に資金的な面で準備しきれなかった」

海渡は淡々とそう述べた。意外なほどあっさりしていた理由は、これまで波乗りを経験してきた中で、歯車が狂ったときに強引にパドルアウトしても、決してうまくいかないことがわかっていたから。自然の状況を読み、海の流れを感じるサーファーならではの能力と言えるかもしれない。

バディの不在

もう一つ、ナザレへのチャレンジを断念せざるを得なかった大きな理由が、カメラマン/フィルマーであるペドロ・ゴメス氏の不在だ。

日本に拠点を持ちつつも、世界を舞台に活躍するブラジル人、ペドロ氏は、ポルトガル語を母国語とすることもあり、ポルトガルにも太いパイプを持っている。前回のチャレンジも、ペドロ氏の協力がなければ成し遂げられなかった。その中で彼の健康上の理由による不在は、次の挑戦には致命的だった。いわば海渡とペドロ氏はナザレチャレンジにおいて一蓮托生。ペドロ氏が行けないということは、海渡が行けないということと同義だった。

前向きな再スタート

ただし、これは終わりではない。もちろんチャレンジ失敗というわけでもない。これは未来の再チャレンジへ繋がるポジティブな延期だ。確かに、一年をかけて進めてきたナザレチャレンジは一旦ここで幕を閉じる。しかし、昨シーズンに経験したこと、そして今シーズンにかけてしっかりと準備を続けてきたことは、無に帰するわけではないのだから。

現在直面している課題は、資金調達と、国内にいながらもビッグウェーブにチャレンジできるフィジカルコンディションを維持すること。それらの課題解消に向け、海渡はすでに前を見つめている。心の中ではナザレへの炎がまだめらめらと燃えている。

その炎が消えない限り、Hurleyも彼の動向を追い続けるだろう。そして、この連載の続編は近い将来、華やかかつスリリングな形で完結を迎えるはずだ。







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