今回紹介するのは、今の季節がサーフィンのハイシーズンとなるインドネシア・バリ島。日本のサーフィン黎明期から身近な海外サーフトリップ先として知られてきたこのサーフアイランドの魅力をお届けします。
歴史の始まり
バリ島でサーフィンのカルチャーが広がり始めたのは1970年代。1971年に公開されたサーフィン映画「Morning of the Earth」でバリ・ウルワツのレフトが取り上げられ、その完璧なウォールを作り出す波に世界中のサーファーが魅了され、バリを目指しました。その流れに乗ったのは日本人サーファーも同じで、いわば日本の第一世代と呼ばれるサーファーたちが、魅惑のウルワツをはじめとしたバリのサーフスポットへ向かっていきました。
現在のウルワツのサーフツーリズムしか知らない人には衝撃かもしれませんが、当時のウルワツはまだ未開の土地で、インフラは整っておらず、ジャングルをかき分け、地元の人たちにキャリブー(サーフボードなどを運んでもらう仕事)をお願いしながら、マシンのように規則正しくブレイクするウルワツのパーフェクションを夢見たのです。もちろん今のようなレストランも、サーフショップも、リペアショップも、クラブもありません。
そして、その頃から「同じアジアの民」として、日本人サーファーとバリニーズの間には固い絆が築かれていきました。バリニーズにとっては非常に高価だったサーフボードやウェットスーツなどのグッズを、旅の最後に日本人サーファーたちがプレゼントとして置いていったのです。わずか50年ほど前の話。現在のバリと同じ島だとはにわかには信じられないほど、つい少し前のことです。
最大の魅力
そうした歴史の始まりがあり、半世紀かけて急激な発展を遂げたバリ。ただし、よく言われることですが、そこに割れる波のクオリティはまったく変わっていません。それどころか、どんどん新しいポイントが開拓され、より幅広いレベルのサーファーにとっての理想的なサーフデスティネーションになりました。
バリがサーファーにとって人気の理由はもちろんクオリティの高い波にありますが、中でもバラエティ豊かな波がそれほど大きいとは言えない島の中に密集していることにあります。例えば日本人にとってみれば4泊6日の休暇を取るのは至難の業ですが、その休日をフル活用すれば、バリのメインスポットをすべて制覇することだって可能なのです。そして、日本人にとって嬉しいのは、時差がほとんどないこと。バリでサーフィンをたっぷり楽しんで帰国した翌日から、時差ボケなく日常生活に復帰することができます。
すべての人を魅了する島
バリのサーフィンの特徴の一つを挙げると、乾季と雨季でサーフエリアがはっきりと分かれているということが言えます。乾季は4月から10月まで。からっと晴れた日が続きます。雨季は11月から3月まで。雨は降りますが、日本のように一日中じとじとと降り続けるというよりも、スコールのような形でざーっと降るようなイメージです。
そして、バリは島の東側と西側にポイントがあり、基本的には東側が雨季、西側が乾季でサーフシーズンとなります。乾季のシーズンでメインとなるのが、先ほどから名前の上がっているウルワツをはじめ、パダンパダン、クタ、レギャン、チャングーなど。雨季のシーズンは、コンテストなどがたびたび行われるクラマス、サヌールなどのスポットがメインです。いずれも世界に名だたるワールドワイドなポイントで、それが季節によってサーフ可能となるのですから、一年に2回、乾季と雨季の両方のポイントを味わいたいと訪れるサーファーがいてもまったく不思議ではありません。仕事などの関係で休める時期が決まっていたとしても、どちらのシーズンでもサーフィンできるので、波を大きく外すことはまずありません。
さらに、サーファー以外の人と旅で訪れても、現在は遊ぶところ、見どころが満載なので、誰もが楽しめます。食事も日本人の舌に合う味で、洒落たレストランやカフェも続々とオープンしています。値段も比較的安価なところから高級感あふれるところまで、チョイスが豊富。インドネシア料理はもちろん、日本食をはじめとした各国の料理も楽しめる環境が整っています。このように魅力あふれる旅先だからこそ、他に目的地を広げずに、定期的にこの島だけを訪れる人も多いのです。
以前、バリを訪れていたブラジル人サーファーがこう話していたことがあります。
「バリでサーフィンすることが長年の夢だったんだ。やっとその夢が叶った」
日本人からすれば身近なサーフアイランドですが、遠い国のサーファーからすれば、いつかは訪れたい究極の旅先となるバリ。日本人サーファーは、同じアジアの民として、距離的、文化的な恩恵を存分に受けているのです。