#64 松山英樹だけじゃない!春の祭典『マスターズ』で活躍した日本人プレーヤーたち

Posted on : March.12.2025

2025年の『マスターズ』は、4月10日から13日のスケジュールで開催されます。舞台となるのはもちろんアメリカ・ジョージア州にあるオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブです。男子ゴルフのメジャー大会は、『マスターズ』の他に『全米プロゴルフ選手権』、『全米オープン』、『全英オープン』がありますが、毎年同じコースで行われるのはマスターズだけ。その点は他のメジャー大会にはない大きな特徴といえるでしょう。そんな『マスターズ』での日本人プレーヤーの活躍をまとめてみました。

松山英樹がアジア人初の『マスターズ』優勝&日本男子初の四大メジャー制覇
日本のゴルフファンにとって、『マスターズ』と聞いて真っ先に思い浮かぶのは2021年の松山英樹選手の優勝でしょう。初日に「69」をマークして2位でスタートした松山選手は、2日を「71」でまとめて6位。好位置で決勝ラウンドを迎えました。そして、3日目は1イーグル、5バーディの「65」を叩き出して単独トップでホールアウト。最終日は「73」でラウンドし、トータル10アンダーでフィニッシュ。アジア人初となる『マスターズ』優勝、日本人男子初となる四大メジャー制覇を達成しました。
さて、2021年に偉業を達成した松山選手は、10度目の『マスターズ』挑戦で頂点に上り詰めたことになります。初めて出場したのは2011年大会でした。前年の「アジアアマチュア選手権」を制し、日本人アマチュアとして初めて参戦しました。初出場にもかかわらず、松山選手は予選を通過して3日目に「68」をマークするなど大健闘。最終順位は27位タイでローアマチュアを獲得しています。

史上6人目の“マスターズ2冠”を達成した松山英樹
『アジアアマチュア選手権』を連覇して連続出場した2012年大会は54位タイ。3度目の出場となった2014年は、プロ転向して最初の『マスターズ』となりました。松山選手は過去13度出場していますが、唯一予選落ちをしているのが2014年大会です。
予選落ちをした翌2015年は最終日に「66」をマークするなど、4日間アンダーでプレーして5位に。また、2016年も7位タイと2年連続でトップ10入りを果たしています。しかし、その後は2017年11位タイ、2018年19位、2019年32位タイ。4年連続で順位を下げる結果となっていました。
コロナ禍で秋開催となった2020年は13位タイ。予選2日間を「68」でプレーして6位につけるなど、復調の兆しを見せた大会でした。そして、翌2021年に『マスターズ』を制覇したわけです。ローアマと優勝の二冠を達成したのは、ジャック・ニクラウスやタイガー・ウッズ、フィル・ミケルソン、セルヒオ・ガルシアなど、名プレーヤーばかり。松山選手は史上6人目の『マスターズ』二冠達成選手となりました。

マスターズに初めて出場した日本人プレーヤーは?
『マスターズ』が初めて開催されたのは1934年。当時から1937年までは、『オーガスタ・ナショナル・インビテーション・トーナメント』という大会名で行われ、1938年から『マスターズ』というタイトルに変更されました。
日本人プレーヤーが初出場したのは第3回大会の1936年の陳清水(20位)と戸田藤一郎(29位)でした。
陳清水は『日本オープン』(1937年)や『日本プロ』(1942年、1953年)を制した台湾出身選手で1973年に日本に帰化したプレーヤーです。また、戸田藤一郎は1939年に『日本オープン』、『日本プロ』、『関西オープン』、『関西プロ』で優勝し、当時の年間グランドスラムを達成した名選手です。

“AON”のマスターズ戦績は?
日本人最多出場は、日本のゴルフシーンで一時代を築いたジャンボ尾崎です。1972年の初出場から実に19回もオーガスタで数々の熱戦を繰り広げました。19回中、予選を突破したのは10回。最高位は1973年の8位タイでした。
“AON”の3選手の中でもっとも米ツアーで活躍した青木功は、『マスターズ』に14回出場。予選通過は5回で最高位は1985年の16位タイと相性はあまり良くなかったようです。しかし、大会前に開催される恒例のパー3コンテストでは、1975年と1981年に優勝するなど“世界のアオキ”は『マスターズ』の歴史にも名を刻んでいます。
一方、中嶋常幸も1988年のパー3コンテストで優勝を果たしています。『マスターズ』には11回出場し、最高位は1986年の8位タイ。最終日は首位と2打差の6位タイからスタートし、優勝を狙える位置でプレーしました。
中嶋の『マスターズ』といえば、今でも話題になるのが初出場だった1978年大会の出来事です。“アーメンコーナー”の13番(パー5)でクリークに2度打ち込んでしまい、11オン2パットの13打を記録。1ホールでの当時のワーストスコアを更新しました。

松山以前、マスターズ制覇に近づいた伊澤利光と片山晋呉
“AON”出場から松山選手優勝の間には、伊澤利光選手と片山晋呉選手が日本のゴルフファンの胸を熱くしました。「世界一美しいスイングの持ち主」といわれていた伊澤選手は、2001年大会で4位タイ。最終日は「67」でプレーし、当時の日本人最高位と日本人最多アンダーパーを達成しました。
また、片山晋呉選手も2009年大会で4位に入っています。この年の片山選手のボギー数は4日間でわずか7個のみ。ジャンボ尾崎が持っていたそれまでの日本人記録「10個」を更新し、タイガー・ウッズのボギー最少記録に並ぶ活躍を見せてくれました。
松山選手の『マスターズ』制覇以降、残念ながら松山選手を含めてトップ10入りをした日本人プレーヤーはいません。今年はどんなドラマが生まれるのか。日本選手の活躍にも期待しながら“ゴルフの祭典”に注目しましょう。


YOU MAY ALSO LIKE

JOURNAL TOP